「エンジニアリング組織の基礎知識」を聴いてメモしたこと、感じたこと

11/26-29 の4日間にわたって開催された Internet Week 2019 にて、11/26(火)午前中のセッション「エンジニアリング組織の基礎理論と実践」を拝聴してきました。
登壇者の一人 なりみちさん(@nari_ex, 株式会社ハートビーツ VPoE 高村成道さん)の発表内容は、今後自分が学んだり仕事をするうえで何度も読み返す導になるだろうと考え、手元のメモと感想を記しておきます。

発表資料


発表では、nari_exさんがMBAで学ばれた網羅的な理論と、その理論を業務でどう実践しているかについて紹介されました。過去の経験ではなく、VPoEとして施策を進め直面している実態を盛り込んだ現在進行形のトークでした。組織マネジメントの話題はたくさん目にしますが、技術組織のHRM理論と実践内容をここまで丁寧にリンクさせて体系化した内容を他に知りません。
以下アジェンダに沿ってお話は進みます。

  • 1. 組織マネジメントの全体観をつかむ
    • 特にMBAで学び獲得された理論をベースにマネジメントの全体像を紹介
  • 2. エンジニアリング組織での実践例
    • 1. で紹介した理論を踏まえ、nari_exさんが所属する技術組織での実践例を紹介
  • 3. 組織マネジメントでの実践に向けて
    • 1. と2. の総括。マネジメントの難しさについてnari_exさんの経験と考えを紹介

拝聴しながら殴り書いたメモを自学のために後述します。nari_exさんの主旨と異なる内容があるかもしれません。あらかじめご容赦ください。

手元メモ

  • 聴講者イメージ
    • マネージャになって困っている方、困ったことがある方
    • マネージャとしてマネジメントをどう進めたらよいかわからない方
    • 組織の全体観をつかんでマネジメントの基礎を固めたいと考えている方
1. 組織マネジメントの全体観について
  • 前提として、組織マネジメントとは企業の目的・目標・ビジョンに向けて活動するものである。つまり組織マネジメントには経営戦略が密接に関わることを忘れてはいけない
  • そのうえでマネジメントには2つのアプローチがある
    • 1つめ:仕組みによるアプローチ。一般的には人的資源管理と呼ばれるもの
    • 2つめ : 対人的なアプローチ。リーダーシップとかモチベーションなどひとそのものに関わるもの
  • これらに働きかけることで組織構成者である従業員個々のふるまいに寄与 → 組織目的の達成に繋げる
仕組みによるアプローチの紹介
  • HRM(人材マネジメント)のフレームワークを整備
    • HR戦略策定
      • 組織規模による求める人物像の策定など
    • HRMシステムの整備
      • 戦略に従い、採用~退職までの制度設計、運用方針策定
    • 組織構造の整備
      • 指示命令系統や各レイヤごとの役割定義など

仕組みによるアプローチは、従業員が迷うことなく働きやすい業務環境をつくるうえで言語化しておくことが必要。組織規模により随時アップデートする。

対人的なアプローチの紹介
  • logical
  • emotional
    • 心理学、進化論、脳科学...
      • ひとを語る上で上記分類がなされることが多いが異論もある。この発表で詳細は述べない
  • スペンサーの氷山モデルは、対人アプローチを考えるうえで nari_exさんの役に立った
    • スキル知識(見えているもの)
    • 自己概念・特性・動機(隠れているもの)
      • スキル知識のように「見えているもの」に焦点を当てがちだが、隠れている「自己概念・特性・動機」にもしっかりと意識をすることが重要
      • スペンサーの理論を知ったことで、nari_exさんはメンバとお話する際の意識が変わった
  • ボヤティズ「コンピテンシー概念図」でも同じことが言える
  • レヴィン「組織変革プロセス」理論に従い、繰り返しメンバに働きかけて変化を促していく
    • 解凍(現場のメンバに説明し、理解してもらうフェーズ)→変革(変化するために施策を実行していく)→再凍結(変化に必要な施策を定着していく)

仕組みと対人、両輪をうまく回していくことが組織開発には必要。

2. エンジニアリング組織での実践例:ハートビーツさんについて
  • 社員数 80人程度、うち7~8割がエンジニア
    • 高い技術力と親身な対応が社のバリュー
    • インフラエンジニアの採用難易度が高いため、未経験者の育成も組織的におこなう
  • マネジメントの方針
    • モチベーション管理、技術力の維持向上拡大
    • 技術に対して誠実、真面目、真摯な企業文化の形成
    • 未経験者でも一人前になれるような研修制度をデザイン
実践例 :仕組み
  • エンジニアの人物像(CTOの馬場さんによる)
  • マネージャが見る人数を制限/スパン・オブ・コール
    • 7人までとしている
  • 組織構造
    • CTOだけじゃなく、エンジニアリング組織の責任者としてVPoEを新たに設置 > nari_exさん
      • 80人くらいで頭打ちしたため、組織構造を変えた
      • サイロ化を防ぐために営業と技術者を同事業部の配下に配置。VPoEは事業側も見ている
  • 採用
    • 採用難易度をさげる取り組みを実施。選考ステップを限りなく簡略化
    • リファラル・スカウト重視へ
    • 配属先のマネージャがメインで参加。面接、異動の責任を持つ
  • 評価制度
    • 評価と給与の連動ロジックを明文化し透明性を担保した。メンバにがんばる先を見せる
    • 数年ごとに人事評価シートを刷新
    • 業務内容によって評価軸も都度刷新している
      • nari_exさんがVPoEとして担当
  • 育成
    • 研修カリキュラムの新設、導入
    • パスゴール理論、シチュエーショナルなリーダーシップに基づく思想を重視
    • 研修では面談を実施。学んだことを実行できるかの確認のため口頭試問を導入
      • 主担当研修の最終カリキュラムでは、ホワイトボードで4つ程度の状況説明 (障害対応)をやってもらう。1発でクリアするメンバはなかなかいない
実践例: 対人
  • 思考を直す?行動を直す?スペンサーの氷山の話はよく考える
  • 不調時の対応
    • 気持ちが上がらなくて業務ができない。メンタルヘルス系の知識も必要なのでマネージャは知識を身につける
  • ストレスチェック
    • 半年に一度やっている
  • ラインケア
    • 1on1, メンタリング(ラインじゃない利害関係がないひとが担当をする。話しやすい環境づくり)
  • CTOが半年に一度技術戦略を話す場を設ける
    • クラウドとかサーバレスの潮流が来ている。我々も技術のキャッチや準備をちゃんとするように、等の話をしている
  • CTOとVPoEの明確化
    • ビジネスと技術の調整・綱引きをお互いに連携する
    • お互いの強みを活かす役割分担を意識
3. 組織マネジメントの実践に向けて:マネジメントの難点
  • 知識を実践する難しさを実感
    • 人間が人間に対する働きかけはプログラミングと異なる。再現性が乏しい、ステートフル
  • 常に意識している2点  ①現状をちゃんと知ること ②あるべき姿を変えることは難しいと認識すること
    • ほんとに今の環境を知ることはだいじ。じゃないと失敗する。他社がやっているから〜で判断しないほうがいいと考える
    • 自組織が目指すことは何なのか?自組織に必要なことは何か?導入できることできないことの見極めもすごく大事。マネジメントの難しいポイントだ
  • さらに難しいこと
    • カッツ理論でコンセプチュアルスキルと呼ばれるヒューマンスキル・人間性の部分
    • 自分を含めてひとはなかなか変えられない、変われない。マネージャである我々自身がどうブラッシュアップしていけるのか
    • nari_exさんは、柔軟さと素直さを大切に考えている。日々精進
          • 殴り書きメモここまで

感想

贅を尽くした内容に圧倒されました。技術組織の組織開発に関して、経営戦略や組織理論+なりみちさんのご経験をがっちゃんこし、それをさらに濃縮して体系化した貴重なお話を聴かせていただきました。
終盤で伝えられたコメントが印象に残っています。

  • 現状を正しく把握することはすごく難しい。正しく把握していない状態で間違った実践をすると取り返しがつかないことになる。いまの状態を正しくわかることは大切
  • いろいろ話をしてきたが毎日ひいひい言っています。ぜんぜんうまくいかない。反省ばかり
  • カッツ理論で示すコンセプチュアルスキル、ヒューマンスキルは重要だと感じています。自分がよりよく変わること、まだまだ人間性を磨かないといけない。日々精進です

これほどの努力家でもまだ足りないのんか〜。スライド p.60 「マネジメントスキル沼にようこそ」の一文が重みを増します。そして上記3つは、組織開発に限定されないことにも気づかされます。

組織開発において「仕組み」「対人」どのアプローチを取る場合も、なりみちさんはプロセスを重視されていることが言葉の端々からわかりました。
理論や知識はあくまでもツールで、持ち札として活用するスタンスです。いまの組織状態を把握することに重きを置き、状態次第で適切な持ち札を選定したり組み合わせを検討する。最適なツールが見つからない時は、持ち札を足し引きアレンジして、自組織にフィットする施策を創出する。
サービスやシステム開発においても通ずるように思います。
施策を実行する際には、想定できるポジネガあらゆる可能性に対応できるよう準備し、社のビジョンに沿うものか検討を重ね、試行錯誤しながら慎重に丁寧に実践を積み重ねておられるのでした。

そうして、組織の「関係の質」がよくなり、気づきが生まれて「思考の質」が変わり、メンバの「行動の質」が変化して「結果の質」が高まり、企業の成果に繋がる。
この因果関係は、ダニエル・キムの「組織の成功循環モデル」としてよく話題にされますが、指揮官としてまさにそのプロセスを実践されています。

発表中、少し前に読んだ入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる (光文社新書)を思い出しました。本書では組織における諸問題は以下の4つに分類されると記載があります。

  1. 戦略的な問題
  2. 技術構造的な問題
  3. 人材マネジメントの問題
  4. ヒューマンプロセスの問題

講演内容は 2. 3. 4. を包含しており、組織問題の大部分で参照できると感じています。

むすび

長くなりました。
なりみちさんの技術者・組織開発者の歩みをお伺いして、ずっとなにかがぐるぐると脳裏を過ぎっていました。どこかで読んだ一節となりみちさんのお考えやふるまいが繋がる気がして、それがなにであるか、愛読本UNIXという考え方―その設計思想と哲学 最終章フレーズに見つけられたので書き留めます。いかがでしょうか > なりみちさん

UNIXの考え方とは、常に将来を見据えながらオペレーティングシステムとソフトウェアの開発にアプローチすることだ。
そこでは、常に変化し続ける正解が想定されている。

将来は予測できない。現在についてあらゆることを知っていても、その知識はまだまだ不完全なことは認めざるをえない。
ソフトウェアを開発するにせよ、子どもたちのためにより良い世界を築くにせよ、将来はガラス越しにしか見えない。
いつか、すべての答えがわかる日がくるかもしれないが、それまでは前進し続けれなければならない。いつか、すべての答えを知る時がやってくるのかもしれないが、それまでは、一日ごとに「今日」が「昨日」担っていく日々を過ごしながら、将来に適応し、前進し続けなければならない。

UNIXの理念は、そういう将来に向かうアプローチの一つだ。
その本質は柔軟でありつづけることだ。
嵐が何度やってきても、風に揺れる木は折れることがない。

自分みたいなぐうたら初学者に対しても丁寧な助言をくださり感謝しています。貴重なお話を聴かせていただいてありがとうございました。

私は何年か前まで自分の在り方を決められずにいました。劣等感ばかり立派で情報弱者を気に病み、身近にロールモデルがほしいと思っていました。後ろを追いかけていれば不安が軽くなる気がしたからです。
今回「エンジニアリング組織の基礎知識」を拝聴し、なりみちさんの歩みを聞いて、当時の自分を恥ずかしく思います。今でもロールモデルはいません。でも機会と経験と感情から学ぶことを知りました。
スライドp.56 の一文が自分に力をくれます。

「こうやればよい」という決まりきったかたちはない