読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

学びと問い

2016年7月に死去された青空書房店主 坂本健一 さんはインタビュアーに「どうして長らく古本屋のオーナーをしているんですか」と訊かれてこう答えたという。

本はいいですよ。まず、本と出会える。本が好きな人と会える。本が好きな人に本を薦めることができる。
人と人が本を通して出会うことができる。

物語や文章を通して、人と人が関わり合うとはどういうことか。

物語が作り上げる空間は、そこに書き込まれた内容そのものに加えて、言葉を取り巻く人と人との交流がある。著者と読者、登場人物と読者、読者同士の出会いの場でもある。そしてそれらを通して自分自身と向き合う場。よい文章や言葉と出会うことは、自分を知ることだといえそう。
よい文章との出会いは私淑をもたらしてくれる。わたしたちは書籍やインターネットの恩恵にあずかり、10年、100年、200年、1000年もっと前に生きた人たちの行動や思想を知ることができる。空間を飛び越え、遠く離れた場所に居るひとの考えや見識を知ることができる。それらの大いなる足跡は、時間や距離がもつ風化作用に耐えて、わたしたちの生き方や考え方に大きな影響を及ぼしてくれる。
ちょうど先日、約1900年前に生きたマルクス・アウレリウス自省録を読み終えたばかりです。響く言葉がたくさんでいくつもノートに書き留めた。

伝えること、書き残すこと

わたしは資格取得に必要となる修了証を得るために専門学校に通学した。どんなにお金を払い決められた時間に通学しようとも、成長は自動的できるものではないということを経験を通して知った。卒業テストも修了証もきっかけでしかない。
そこで得た学びを継続し何らかの形で表現すること。それこそが学びを意味あるものにする。
伝えることで、近しい分野に関心を持つ他者から別の新たな視点や考えを教えてもらえるといった副次的な効果が得られることはよく聞かれる。自分の発信にリアクションがあるというのは、経験してみると代え難い充足感があるのね。そこから自分の中で新たな気づきがうまれるかもしれない。自分も誰かに向けて書きたくなるかもしれない。未来の自分に向けて書いてみる楽しさを知るかもしれない。脳は自分が考えたり思っていることを一度外に出さないと自覚できないらしい。文や絵や人に話すことで初めて自分はこう思っていたのかと整理される。書きながら話ながら、新たな疑問や考えがうまれるかもしれない。
この人にはこの場所にはと思える時には「こんなことを知れた」「こう感じたのだ」をがんばって伝えたい。

問いつづけること

そして、そのうえで。3年後どうしていたい?5年後どうありたい?どんな人生をおくるのか?自らの問いを持ち続けたい。
そのためには日頃から経年変化に耐えうる普遍的な思想に親しみ、自問自答し、「こういうことを知ったよ」「自分はこう思うけどどうか」を言葉にし伝えることを諦めてはいけない。自分がありたい姿になれるよう、生き方を間違えないよう、恥じない自分でいられるよう、誰かにちゃんと見てもらい間違いがあれば指摘してほしい。問いをせず伝えることをしないで、ただ他者の同意や期待通りに生きたら、他人の人生になってしまう。自分の生き方は自分しかその舵を握っていない。自分はいまで大丈夫?

つらいときしんどいとき元気がでない時は幾度となく言葉に助けられてきた。古い本の著者から、物語の登場人物から、ブログの書き手さんから、身近な人たちの考え方から。どれも思索や試行錯誤の過程を伺うことができる内容でわたしに力をくれた。誰かが書き残したり伝えてくれたから、救われたなぁと思う。
ひとは自分が与り知らないところで誰かを変える可能性を秘めている。伝えたり自問自答を繰り返した軌跡が、時間や空間を超えて、自分や他者の学びに繋がるとうれしい。

適切な言葉を見つけることに苦労している

脳が事実や感情を都合よく編集したり失念してしまわないうちに、書き留めたり伝えておきたいとしょっちゅう思う。
その事を思い巡らせながらテキストエリアに向き合ってみるのですが、なにから書き始めればよいかむずかしい。ペンを使って紙に書く私信の便りなら最初にきっとこう書く。「日差しが春です。通勤途中に沈丁花の香りがして気分がよいです」
しかしわたしの中でこういった場に残すテキストは手紙と事情が異なる。いま脳内の声はこうだ。「書いておきたいこと、伝えたいことがあるのです」
書きたいことがたくさんあるはずなのに、次にどう書けばよいのかもうわからない。要するになんだ?どうやらわたしは、結論よりその過程に目を凝らしたい性質のようだ。

書き言葉だけでなく話し言葉もそう。表現力伝達力が乏しい自分に嫌気がさす。なにが言いたいのか読んでもらったひとに考えてもらわないといけないかもしれない。こうして伝えられて自分はうれしいけれど、相手はどうなんだろ?面倒じゃないかな?伝わっているのかな。そんなことを考え出すとああダメだーとなって手や口が止まる。「美しいかどうかより思いがこもっているかどうかが大事」以前伝えてもらったこの言葉が事あるごとに背中を押してくれる。
ここまで書くのですら思った以上に時間がかかっていて途方に暮れる。それでも自分が伝えたいことをそのままに伝えたい時は、時間が必要なのかもしれない。自分のなかをぐんぐん掘ってゆき、思考を抽象化し、それを自分がリアルに感じられるまで感じてようやく相手にイメージとして伝わるのかもしれない。諦めず、言葉を探す作業に時間をかけてぜんぜんよいのだということを忘れないでおこう。
できることなら、月を見た時の会話のように事実や感情をシンプルに情緒的に伝えたい。

このエントリは実のところ、余白について書き始めたものです。それなのに、書きたいことをそのまま伝えられる適切な表現が見つからず、書いては消して〜を繰り返すうちに、いつのまにかこんな別の内容になっていました。いつか書けるだろうか。

いまなにが言いたいの?問い続けて自分の声を探している。

2017年

あけましておめでとうございます。

穏やかに新しい年を迎えることができました。温かな夜です。
昨年は総じて実り多き年でした。お世話になったみなさま、ありがとうございました。

2016年

振り返りです。
2016年 元旦に書いた内容を読み返し、ひとつを除いておおむね実行に移すことができたかなという感想を持っています。毎月なんらかのイベントやささやかな楽しみがあり「あとでいいや」の選択肢はありませんでした。迷ったらやってみる方を選ぶことができたようにも思います。
おいしいものもたくさん食べました!一緒に食べに出かけてくれた方々には大感謝です。今年も貪欲に食べていきたい。好きな本を近くにおいてつらつらと頁を繰る時間は夜更けの楽しみです。今年も食べることと本との付き合い方は変わらなさそう。
仕事の面ではまだまだでした。実行に移すのに時間がかかることが多く、勉強不足や自分の迷いにより脳内でぐるぐるすることが少なからずありました。それでもなんとか考えや思いは伝える方を選ぶように努めました。ただそんなのは言い訳で、やっぱりいろんなスキルが足りていなかった。
そう、議論を諦めないと決めた年でもありました。「 議論を諦めない 」ことあるごとにこのエントリを読み返し、肝に銘じています。
1~3月は繁忙と花粉により息だけして過ごしました。春は新緑や苔を見に散歩に出かけおいしいものを食べる至福の時間を過ごしていました。その後、春と夏の間の時期にGMOペパボさんのイベントに参加をさせていただきました。上述の「 議論を諦めない 」は、id:matsumoto_rさんの言葉です。まつもとりーさんには、ものごとの選択や時間の過ごし方、ひととの向き合い方、生き方を再考する貴重な機会をいただいたと思っています。大変感謝しています。
ペパボスタッフ皆さんのご厚意と同僚の理解と親身な協力により、7月にはGMOペパボさんと共同で技術大会開催がかないました。人生で初めて福岡の地を訪れ、多くの刺激と出会いとおいしいものをいただき、福岡を満喫しました。楽しかったー。
秋は社内外のセミナーやカンファレンスに参加しました。と、ここまで書いて、2016年はこれまでに比べてお出かけの機会が多かったように感じます。秋口からは比較的こもって自主学習をスタートしました。技術に触れ始めたのもこの頃です。詳しくは サーバとわたし
12月から臨床心理やカール・ロジャースの思想をベースとしたカンセリング理論を学ぶため通学をはじめました。今は Donald E. Superのキャリア理論「自己概念」の考え方を学習しています。しばらく土曜日が丸一日つぶれてしまうためちょっとへこたれ気味ではあります。なんとか乗り切りたい。
2016年を総括すると、自分に嘘をつかなかったと言えそうです。

2017年

どんな年になるのだろうか。
昨年と大きな変化はなさそうですが、新たな目標として、夏前に予定される資格に一発でパスしたい。試験のために勉強をしているわけではないものの、体系的に一通り学び「しっかり学べました」を外的に評価されることで、別の目的なり目標ができそうな気がします。このままいくのか、新しい自分の在り方がみえてくるのか。そんなことをぼやぼやと考えています。
もうひとつ、中学生のお悩みのようで恥ずかしいのですが、昨年から持ち越している「ひとの意見や評価を素直に受け取る」この課題をなんとかしたい。言わば人生の課題とも言えそうです。なんで伝えてもらったことをまっすぐに受け止められないんだろうか。素直になりたい。
散歩がてらおいしいものを食べるのは健康のために必須だと思うので、その時間確保を積極的に努めたい。本も読みます。そうそう、昨年はどこにも出かけなかったから今年の夏は遠出をしたくなるかもしれません。北欧かヨーロッパ。書いておくと実現しそうだから記しておこう。

2016年に「喧騒から離れた場所に自分を置いていたい」と書きました。安心で居心地がよい場所で過ごしていたいからです。しかし、それでよいのか?もっと外に出て自分の殻を破っていかないといけないのではないか?と考えることもあります。どうしても自分の自由が守られる範囲で、できれば集団行動ではなくて個人行動に徹するというやり方を好んでしまうことを自覚しています。
肝心なことに対するアンテナはしっかりと立てて集団と関わり、やるべきことの責任を持ち、ただしほわ~んとしたままの自分も携えながら一緒に未来に進んでいく、というイメージでやっていこうと思います。盛りだくさんですがひとまずこれでやってみます。
業務での自分の在り方は、サーバとわたしに書いた通りです。自分の感情に耳を傾ける余裕が生まれたり、落ち着いた気持ちを取り戻せたり、本当にしたいことに気づけたり、新しくて豊かな価値を作ったり考えたり楽しむ力が湧いてくる。そういった場や組織づくりをサポートしたい。

映画「ショーシャンクの空に」のキャッチコピーである 'Fear can hold you prisoner, hope can set you free.' この考えを採用していきたい。

「こうありたい」に近づきたい。自分のペースで思いきりいきましょう。
本年もどうぞよろしくおねがいいたします。

サーバとわたし

こんにちは。id:tomomiiです。こちらは「はてなスタッフアドベントカレンダー2016」13日目の記事です。今年のテーマは「好きなもの」です。
昨日の担当は id:nanto_viさんによる 去年今年に食べた駅弁でした。おいしそう。

わたしは好きなものを分類して自分内に収納しているのですが、その中にじわじわと心惹かれる片思いのような好き枠というのがあります。今回はそこに属する「Web技術」についてお話します。
ただし自分は技術門外漢です。技術には完全な片思いで、深くを知ることはできていません。ほんのすこし触れてみましたがまだぜんぜんわかっていません。でも、いつだって、わからないことがある世界はきらきらしています。

はじめに

以下には、英語で書くところの I am a pen. だとか This is a boook. といった拙文をたくさん記しているかもわかりません。トンチンカンな表現や内容が含まれることをどうかお許しください。

心惹かれるもの

存在しているが目には見えないもの、まだわかっていないなにかがありそうな世界、そういったものに惹かれる傾向があるように思います。「一体この世界はどうなっているのだ」を知りたくて、物理学者が一般向けに書いた書籍やエッセイを夢中で読んだ時期がありました。物の理を探究する科学者の視点を知りたかったのかもしれません。
世界をもっとよくしたいというビジョンのもと、好きを追求して新しい価値を作ったり研究開発に没頭するひとたちへの憧れがあります。インターネットを知り、Bill Gates や Steve JobsLarry Page を知った時は、よくわからんけど世の中にはすごいひとたちがいるんだな〜と思ったものです。

Web技術との関わり

はてなに所属したことで、ごく自然にWeb技術に興味を持ちました。教わりながらRubyの学習をしたり結城浩著書「C言語プログラミングレッスン 入門編」を読み進めました。テキストエディタで書いたコードをサーバに反映するとError がしょっちゅう返ってくる(楽しい!)。自分が書いたようにプログラムが動くことを実感として知りました。プログラミングコードを写経してプログラムを動かすのが楽しかった。
ひとが作った生物ではないなにかとターミナルを通して通信できるワクワク感は純粋に楽しいです。

インフラ技術との関わり

Webサービスを支えているインフラ技術やその仕組みにも関心がありました。社内のサーバラックに収まるサーバやスイッチやルータたちがLANケーブルで繋がって、緑のランプを点灯させて作動している様子に興味津々でした。また、同僚のエンジニアが見ているPC画面にも心惹かれました。複数のウィンドウを立ち上げて、ログが流れている様子を熟視したり、Linuxコマンドを叩いて宇宙語的なやりとりをされている。「ここから先は立ち入れない世界。Webオペレーションエンジニアの皆さんはどこかのなにかと交信中」は〜心ときめく。見てないふりをして観察していました。なにを見てどんな判断をしているのでしょう。未知の世界です。

2014年後半から2015年にかけて、ゆううきブログ で毎月読み応えのある記事が更新されました。y_uukiさんには各記事を通してインフラ技術に触れるきっかけをいただきました。はてなのWebオペレーションエンジニアの価値観や業務領域を垣間見ることができたようにも思います。Web技術の広大さを想像し、インターネットサービスはどういう仕組みで成り立つ世界なのかと妄想したりもしました。
今年5月のSongmuさんによるエントリ インフラを意識してコードを書くということ も繰り返し読んだ記事のひとつです。技術がわからない自分をもどかしく思いながら。

技術は果てしない

今年7月にGMOペパボさんと共同開催した はてな・ペパボ技術大会〜インフラ技術基盤の技術大会 と 8月に開催したHatena Engineer Seminar #6 〜インフラ編〜 @ Tokyoに参加をしました。短い期間に連続してWebオペレーションエンジニアによる発表を聴けたことで、インフラ技術についてさらに関心が高まりました。それぞれの発表資料を拝見して技術用語を調べるうちに、Web技術って果てしないなあという感想を抱きました。情報を仕入れるだけで理解できる世界ではまったくないと強く感じました。ものすごい世界です。
ブログや資料を読んで妄想するだけでなく、書籍やインターネットでサーバの仕組みや Linuxについてよちよちと学び始めました。そうして、先月からさくらインターネットさんのVPSを借りて手を動かしています。

いま興味があること
  • サーバてなに?
  • サーバの負荷が見たい、グラフを眺めるの楽しい。負荷がかかるとはどういうことなのか
    • 語弊があるかもしれませんが苔を眺める楽しさと似ている
  • インフラのネットワーク図やサーバアーキテクチャ設計図を見るのが楽しい、仕組みやそれぞれの役割がわかりたい
    • 組織図、路線図、建築設計図を見る楽しさと似ている。工場の夜景もそれっぽいです
やったこと/やっていること
  • bot づくり
  • さくらインターネットさんでVPSを1台借りました。石狩にいます
  • VPSの設定
    • コンソール画面と格闘。はじめのうちは(今もだが)サーバからの返答が理解できず、そのままGoogleに翻訳をお願いしたらラップミュージックを想起させる日本語英語混在の日本語訳でうふっとなりました
    • sshで繋げられるようになりました
  • Linuxの世界とvi
    • 硬派でかっこよいが混沌かつ近寄りがたい雰囲気に面食らって疲弊、ふて寝。最近はLinuxコマンドとすこしだけ仲良くなりつつあります
  • WordPressの構築
    • ツールを使えば一発ですがサーバを動かすために手作業です
    • PHPの設定で難航中
    • 年明けからFF15の進捗ログを書いてサーバの負荷を見てみたい
  • Mackerelをサーバにインストール
    • 自分と周辺を監視してほしい。具体的には睡眠 (いつ寝て起きているのか)と歩数(増やしたい)とだらだらとインターネットしている時間(減らしたい)
    • VPSの負荷をMackerelで監視
  • Vimの学習
    • テキストで打ち込むだけならちょっとだけ慣れつつあるが、お作法をすぐ忘れます
    • escキーには感謝しかない
    • いくつかの技を伝授いただき、あとは鍛錬あるのみと教えてもらいました
    • このエントリの下書きはVimで書いている。とても時間がかかる〜
    • ディレクトリの整理に苦戦。時々おもしろいことをしている気がするが、なにをやっているかはわからない
このひと月で読んだ/読んでいる資料

行き詰まってくじけるな〜という時に背中を押してもらったエントリ。読ませてもらった順に記載しています。

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

美しくやさしい文章でUNIXの哲学が語られています。冒頭と巻末に記されている一節が心に残りました。人生と似ている。

 最初は、書いてあることが表面的にしか分からなかったけど、ある時突然心に浮かんでくるんだ。
1日ごとに「今日」が「昨日」になっていく日々を過ごしながら、将来に適応し、前進しつづけなければいけない。
UNIXの理念は、そういう将来に向かうアプローチの一つだ。その本質は柔軟であり続けることだ。
嵐が何度やって来ても、風に揺れる木は折れることがない。

今のわたしにはまだ難しい。初心者向けのおすすめ書籍があれば教えていただけるとうれしいです。

近況

楽しそう。
f:id:tomomii:20161211025302p:plain
f:id:tomomii:20161213105820p:plain

むすび

エンジニアではないわたしがWeb技術を知ることにメリットはあるのか?時々そんなことを考えます。答えはすぐに思いつきません。新しい世界を知ったときに感じる虹を見たときのような感動に突き動かされているだけかもしれません。新しいことを知って見える世界が広がることは「わたしとはどういう人間なのか教えてください」というのと同義な気もします。Web技術と同じくらい、ひとへの関心も尽きません。越境したい。

進捗を温かく見守り、わからないことがあれば助言や指南、励ましをくださる同僚には感謝しています。いつももらってばかりなので、いつか自分の領域で周りの皆さんにお返しができるといいなと思います。

最後に以下を書いてこのエントリをおしまいにします。
自分の感情に耳を傾ける余裕が生まれたり、落ち着いた気持ちを取り戻せたり、本当にしたいことに気づけたり、新しくて豊かな価値を作ったり考えたり楽しむ力が湧いてくる。そういった場や組織づくりをサポートしたい。

明日の担当は、id:minemuracoffeeさんです。楽しみ。

raregem, THE "BALLAST" BOOKBAG

わ〜〜届いたよ。

通勤用とは別に帆布の持ちやすいかばんがほしいなぁ条件を満たすものが見つかればーくらいのぬるさで探していて、この度ぴんとくるものがあったので相棒として迎え入れることに決めました。探していることを思い出したり忘れたりして過ごしていたところ raregem のトートバッグが目に留まり、その佇まいと主張しない存在感にひとめぼれ。しばらく使い込んで馴染んだ頃の風合いが味わい深く好みです。自分が挙げていた条件は以下のとおり。

  • 機能的、素材や質感が好み、装飾がない、耐久性がある、細部が美しい、職人気質な作り手さんの想いが感じられる
  • 古びない、古くなっても使える
  • 重みで型崩れしない(13inchのPCが入ること、本を2~3冊持ち歩く癖もある)

洋服、かばん、靴など、身体に近い場所で身につけるものを購入するとき、いくつかの判断軸をおいています。5年後も購入時と同じようにそれを愛用している自分が想像できるか。これは重視している点です。

閑話休題
届いたかばんに最近読んでいる単行本1冊とそこにあったハードカバー2冊を入れて肩に引っ掛けてみると、思っていたよりすこし大きいかな。それでも質実なつくりと持ち手の長さ/バランスの妙が持ちやすさに直結していることがわかりました。名のとおり本の重さにへこたれることはなくて頑丈、大満足。

タグとポケット。製品のデザインや持ち心地(着心地) 使い勝手の次に、作り手の思想やコンセプトが感じ取れる部分だと思っています。シャツなら、加えてボタン周り、衿元と袖口。
ポケットには定期券とボールペンを入れよう。

みてみて縫い目。はぁ丁寧な仕事にぐっときます。

もともとこのかばんは、オークランドのBOOK/SHOP オーナー Erikさんから「いつも本を持ち歩くに耐えうるかばんを」と依頼をうけて製作したモデルだそうです。Erikさんによる依頼文の一節が裏生地に刻まれている。
“I try to carry books with me wherever I go. Their weight has become like ballast against the churning sea of modern life, where so many real things are vanishing, and so many beautiful things are being made invisible.”
うんうん。 "Many beautiful things are being made invisible." そうさせる原因があるなら、排除するか解決する姿勢でいたい。

BOOKBAG に添えられていたメッセージタグ。ものづくりに対する哲学と真摯さがうかがえて素敵です。

一緒に過ごす時間が関係を育む。ものもひとも。大切に長く付き合いたい。
しばらくは散歩と学校用に使うつもりです。自由にのびのびと使えるかばんと一緒に自分も学びよくありたいです。お互いの経年変化が楽しみ。

スタイルを持つ

石井ゆかりさんによる闇鍋インタビューの内容が書籍になった。インタビューをお受けしたのは2014年の夏で、その後しばらく存在すら忘れていた。今年の春先に出版社から連絡をいただき、石井さんによる再執筆と編集が入り、書籍として発行される運びとなった。内容については触れないが、石井さんの目に映る自分は我ながら新鮮でちょっと独特な印象を受ける。

つい先日、発行元である出版社さんにお招きいただいて、石井さんを交えた刊行お祝いの会に参加する機会があった。
石井さんと編集担当のアライさんは自分の髪が短くなったことについて触れ、お互いの近況を交換し、ああでもないこうでもないとインタビュー当時の話に花を咲かせた。その中で石井さんは、主張しないけどなんだかスタイルがあるひとだナァと思った、と伝えてくださったのだった。
その時はふうん?と聞き流したのだが寝る前にしみじみと嬉しさがこみ上げてきた。わたしは独自のスタイルを持つひとを羨望している。目がいってしまうし、話をすれば刺激を受けたり深く安心できる。もちろん石井さんが自分に対しておっしゃった「スタイルがある」とは別の文脈であることは理解している。それでも嬉しく感じた。

わたしがイメージするスタイルを持つひととは、一見わかりづらいが人を惹きつけるなにかが自然とにじみ出ている。そう、パッと見わからんというのが特徴。目立つなにかではない。細部や深部にありそう。持っていない自分のような人間からすると、その深みやら存在自体がなんとも魅力的に映るのだ。造形の美とは別の、真似ができない雰囲気にじんわりと惹きつけられる。あれは一体なんなのかしら。うーん言語化しづらい。

そもそも「スタイル」とはなんなのか。
Wikipedia-スタイル によると、日本語では文体、様式、体型、型、種類、流行、品位、芸風などの意味を持つとある。広辞苑は以下のとおり。

  1. からだつき。姿。格好。「すらりとして―がいい」
  2. 服飾・頭髪などの型。「最新流行の―」「ヘア―」
  3. 建築・美術・音楽などの様式。型。「前衛的―のビル」「演奏―」
  4. 文章や文学作品の表現形式。特に、文体。「独自の―をもつ作家」
  5. 個人や集団などに固有の、考え方や行動のしかた。「ライフ―」

ほおう、品位か。芸風。
日常生活において好ましいものを吟味したり選んだりする品性や軸や美意識が感じ取れる。それは外見やファッションに限ったことではない。言葉や感情、姿勢、価値観、生き方、仕事、おそらくすべてについて言える。自分が納得のいくスタイルを持つには、好ましくないものは排除していく強さも必要なのだろう。
たしか向田邦子さんだったかな?の文章にこんな一節があった。

自分が何をするか、その決定権を他人にあずけるのはやめたほうがいい

そして井上荒野さんのエッセイ「夢のなかの魚屋の地図」にある父上の言葉を想起させる。

人は何者かにならなければならない、
と父は何かにつけて言っていた。
お金を儲けたり、有名になったりする必要はなくて、
ただ自分の心の、いちばん大切な部分を使う
何かをして生きなければならない、と。

わたしが思う「スタイルを持つ」とはこういうことだ。
今の有りようがこれからの自分の型や品位を決める。

万年筆のこと

Montegrappaの万年筆を使い始めて5年が経った。書き味がいっそう滑らかでうれしい。時間が人のうえに積もっていく感じがする。

時候の便りの頃になるとこの万年筆を手に入れた時のことを思い出す。これに決めるまでの何ヶ月かの間、雑誌やインターネットで万年筆メーカーのコンセプトやペンの特性、デザインを日々リサーチしていた。鮮やかな色使いと洗練されたデザインが特徴的なDELTAの万年筆に憧れて、ほぼ Dolcevitaに決めていた。当時よく見ていたサイトはこちらです > PEN-HOUSE

それからひと月ほど経過した冬に、決心がついてようやく万年筆を扱う文具店に出向いたことを覚えている。手がかじかんで冷たかった。念願のDolcevitaを手に取って書いてみたところ、んー?なにかがちがう。うまくペンが進まない。なじまない。手が冷たいから?なんでか。
なんだかぎこちない、他のペンと書き比べてよいですか?お店の方に尋ねてみたところ、書き比べてもらわないとこわくて売れません、とこころよく応じてもらえた。かるく1時間はお店に居座って 6, 7本の万年筆を試させてもらった。そうしてさんざん迷ったすえに、ごめんなさい今日は決められないのでもう少し迷いたいとお願いをした。いつものことですね、という様相で「いいですよ。違和感がなく滑らかに書けるものを選んでください、高価なものだしね」そう気持ちよくおっしゃっていただいてホッとした。

万年筆のペン先は手作業で作られているそうだ。何本も書き比べて万年筆それぞれに個性があることを知った。書き手とペンの相性でこれほど書き味が変わるとは思っていなかった。
万年筆が自分の手と感覚にしっくり馴染むか。書いていてストレスがないか。ずっと持って書いていたいか。そうかー万年筆は道具だった。それまでわたしは万年筆をどこかファッションとして捉えていたのかもしれない。

今の万年筆を選ぶまでに意識したポイントは以下です。

  • ペンの重さ太さが好みで、自分の手にしっくりくるか
    • 好みの太さであっても重心が安定しないものがある。これは書いてみないとわからない
    • キャップを付けるとさらに重心が変わる
  • デザインは二の次、三の次
    • 細工やデザインが凝りすぎているペンは往々にして書くと違和感があった
  • 自分の筆圧とペン先の柔らかさの相関
    • ペンを寝かせ気味に書く人は硬めのペン先で大丈夫かも。そうでない人は柔らかめの方がよい。これも試し書きしなくちゃわかんない
    • ちなみにわたしはペンを立て気味で書くのでペン先のsweet point (紙とペン先のいちばんよい角度。業界用語でそう表現するらしい)を見つけるのに苦労した
  • 書いていて楽しいかなじむか

書いてみないとほんとうにわからない。不思議なのだけれど、書いていて癒されるという感覚が万年筆にはある。わたしはこのペンを手にしてそれを知った。購入しようと決めてから半年後のことだ。
そんなわけで何本も試し書きを重ねた結果、上記ポイントをすべてクリアしたMontegrappaのEmblemaに決めた。Dolcevitaとは太さもデザインも真逆で地味だ。ただただやさしい書き味に心が落ち着く。
もしも万年筆をはじめて購入してみようという方がいらっしゃれば、ゆっくりと時間をかけて、何度も試し書きされることをおすすめしたい。

字を書く機会がすっかり減り、たまに万年筆を持つと文字が軽快に踊ってこまる。
字を書いていると背筋が伸びる気がするし、他のものを見たり聞いたりしなくてよい自分だけの時間が過ぎる。
上のインクは緑と紺碧を混ぜたような PILOTの「月夜」。ちょうど夕暮れから闇に続く途中の色。形容しがたい深い色味が気に入っています。


発色に定評のある Dr.Jansenのインク「レオナルド・ダヴィンチ」はまだ使えていない。色展開はこちら> Dr.Jansen ボトルインク