「舟を編む」

舟を編む 通常版 [Blu-ray]

舟を編む 通常版 [Blu-ray]

観終えてしあわせな気持ちになる作品でしたなー大満足。彩り豊かなピアノの音色が楽しいサントラも買っちゃいました。

映画『舟を編む』予告編 - YouTube

予告はキャッチーでコミカルな場面を強調していますね。くすっとなる場面は多分にありつつ本編は静かで抑え気味にゆっくり進行します。
今を生きる言葉を活かす辞書「大渡海」の制作企画から完成までの15年間と、その辞書の編集を任された主人公 馬締(まじめ)さんや同僚のありようが描れています。地味で淡々とした作業に情熱をもって向き合う彼らの姿勢に背筋がのびるし、こういう人たちはいずれ輝きだすのだと思わずにはいられない。
登場人物がそれぞれ魅力的です。中でも辞書の監修担当である松本先生(加藤剛さん)の存在が効いていた。ベテラン編集者 荒木さん(小林薫さん)を常に立てて、若手の西岡さんと馬締さんには幾度となく「大渡海」の価値や在り方を伝え続ける。誠実・質実剛健・真摯・真面目、これらが登場人物全員に共通しており、この作品を上品で上質なものにしていると感じます。オダギリジョーさん演じる西岡さんもよかったな。まじめさんが元気を失くしていたり惑っているのを察すると 大丈夫だよーおまえならできるよと折に触れて背中を押してくれるの。

ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かび上がる小さな光を集める。
もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。
もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう。
海を渡るにふさわしい舟を編もう。
松本先生が静かに言った。
p.27, 原作「舟を編む」より

主人公のまじめさんは松田龍平さんの演技がすばらしかったです。白いシャツが似合う。
なんだかいつもぎこちなくてしょっちゅう挙動不振で、こんな人がいたらきっと目が離せない。言葉やものをとらえる視点に天性のセンスを持つが自分は言葉で人になにかを伝えるのは苦手で「..あうあうあう」「えっあっ。あ、はい」みたいな。普段はほんわかゆるい雰囲気なんだけど時折見せる情熱が素敵だ。
香具矢さん(宮崎あおいさん)には目をみて直球で想いを伝えたなーいやぁあれは実によかったよ!文句なしにかわいかった。全然浮ついてなくて老夫婦みたいな二人だけど好みです。低め安定よいな〜。もの静かでさりげない人がすき。

まじめさんがタケおばあさんとの夕食中に「僕は自分の感情を人に伝えることができないし、それに人がなにを考えているのかもわかりません」ポツポツと自分の劣等感を話す場面は胸を打つ(自分も言葉が下手で人に考えを伝えるのが苦手なので感情移入してしまた)。タケさんの励ましをしっかり受け止め、そのあと自分なりにちゃんと行動に移す。十分だと思った。

人は自分の姿を鏡や写真なしではみることができなくて、それは内面もそうだ。内面を映してくれるのは鏡じゃなく他人なんだけど、人は誰もがそんなにクリアな鏡じゃなくてどこかしら曇りとか曲がりがあるため像はゆがむ。そのゆがんだのを、幾人かに映して補正しながら読み取るわけです。だから自分の中にある仕組みやありようは自分と関わる人の姿の上に見つけられる。たぶん。
まじめさんは自分の周りにいるむずかしい人々とまっすぐ向き合いながら、しかし自分を変えることもせず、ただただ粛々と淡々と15年間自分の中の情熱を燃やした。いつのまにか周りがまじめさんに感化され、応援者が増え、みんなで「大渡海」をまとめ完成させる過程が伝わってきました。


早雲荘に住む親友のトラさん(にゃん)が超絶かわいくて悶えます。最近毎晩ああーねこと暮らしたいぃとなってこまる。今まさにこまっているところ。

日がな一日ごろごろ

http://instagram.com/p/d01kA4v90W/
頭上の触手と綿毛がチャームポイント

1週間ほど前にサボテンを導入しました。こいつはサボテンの中でも水が大好きな品種なので (ククク..最弱)水耕栽培しています。かわいい。
ちょっといじってやるかと頭上を触ってみると、刺が意外に頑丈でひっつきむしよろしく手にくっついてくるのが特徴。あとは綿毛、これは何だろわかりません。
そういえば花屋さんのPOPに「花は咲くときがきたら咲きます」と書いてありました。いい言葉だ。咲くときがきたら咲けばよい。

年内に試験を受けようと思って重い腰をあげてやっと参考書のページを繰ると10分以内にもれなく手強い睡魔がやってくるので油断ならない。
今日は眠気覚ましに Aphex Twin をBGMにしています。Film, Alberto Balsalm, Xtal のような流麗でメロディアスな曲があるかと思えば、Start As You Mean To Go On やら VENTOLIN など気持ちわるく不安定でくるった音を聴かせてくれる。
ヘッドフォンを外したら窓の外から虫の声だ。秋です。

「死神の浮力」

死神の浮力

死神の浮力

死神, 千葉さんの物語を続編で読める日がくるなんてー。感無量!

千葉さんをとおして幾度となく語られる「人間いつかは死ぬ」という言葉は、夜わたしたちが「おやすみなさい」を言うのと同じような穏やかな物言いで表現され、悲観的とも楽観的ともつかない。不慮の事故で友人と身内を亡くしてからなんとなく身近に感じる死を、この物語でも当然そこにあるものとして捉えらていて、その様子に安心感をおぼえる。死の直前にこんな風変わりでへんてこな立ち会い人(死神であるところの千葉さん)が側にいてくれるなら怖くないななんてクスっとできる。
死は怖いものではない。たぶん。そう思えるようでありたい。

6つめの章 "6 DAYS"で 山野辺と病床の父が会話を交わす場面が印象的だった。
父が息子である山野辺に向けて「先に行って、怖くないことを確かめてくるよ」と語る。何のことを言っているのかわからない山野辺に向かって亡くなる数日前に父はもう一度話す。「大丈夫だからな」「怖いところなんかじゃないからな」。
渡辺一夫著書より引用がある。

我々は生きていますから、いずれ死ぬわけであります。
我々は生きています。そして、刻々と死へ近づいてゆきます。
まず、この不幸を凡人は凡人ながら忘れぬようにしたいと思います。

この後で、ローマの詩人ホラティウスの言葉を紹介するのだ。日々を楽しめ、と。
最期お父さんはそう息子に教えたいと思ったのだなー。この箇所は何度読んでも涙腺が緩む。


前作「死神の精度」そして「死神の浮力」。どちらの物語の登場人物も、自分以外の人間が勝手に自分の未来を決めてしまうことをよしとしない。悲しみや切なさの中にあっても、自分のこの先は自分で決めたいと思い、行動する。 それがとてもいい。
ささやかですが最近自分の行動に「わたしが決めていまこうしている」実感がもてている。結果がどうであれ平和だ。自分がどう感じるかだって自分が決めればいい。感情のコントロールはなかなかむずかしいけれど、それでも自分のこの先の行動は自分が決められるのだと思うと清々しい気持ちになる。「死神の精度」のラストシーンを思う。

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

7/23-7/29

1週間連続でその日を記録する試み。

7/23(火)

さっきタイムラインを眺めていたら「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」は最高だ、というつぶやきが流れてきてときめく。おおいに同意。
登場人物がたいへん魅力的。硬派でかっこいい(特にマーチン)。台詞や映像の随所に哀愁を感じるけれど悲壮感はない。ウフっと吹き出してしまうし、最後にはふたりの今までとこれからをじんわりと思い、心をもっていかれる。ふたりの目的地が荒々しい海なのがいい。
死ぬその時まで生きるカーと思える。いま一番観たい作品。大好きだ。

仕事は山をひとつ越えた。今月乗り切ればすこしほっとできる。乗り切らなければ。近ごろ白シャツばかり着ている。

7/24(水)

Singaporeは東京の雰囲気に近いのだと聞いた。北京は幕張、上海は新宿のようだとか。上海はよくも悪くもざっくばらん(さらに悪く言うと雑)だそう。青信号で渡っても事故に遭うし街を歩けばスリや呼び込みに遭遇するのが当たり前なんだって。そうなの? 商社マン時代にアジアいくつかの国で半年〜年単位で生活された方のお話。わたしは日本しか知らない。自分の目でみてみたい。せめて旅に出たい。
一時期おなじ場所で過ごし いまは遠くに住むひとたちのことを最近よく思う。別れとか。約束しなくてもまた会えるということがどれだけ限定的ですごいことなのか、そうじゃなくなってみてつくづくよくわかる。

夜はまんまるの月へ。とんぺい焼きとゆず酒が安定のおいしさだった。店員さんの細かな心遣いがうれしい。

7/25(木)

迷っていた同窓会出欠のはがきを投函。
今日も今日とて旅に出たい。知床を一人旅したときのことを思い出していた。釧路駅の役務室を間借りして夜を明かしたり網走からヒッチハイクをして羅臼まで移動したな。...思い出したら思い出になるもんだなー。釧路湿原に羅臼湖、知床五湖、神の子池 そして六角形に見える羅臼から見た夕日と満天の星空が忘れられない。そういえば昨夏Norwayを訪れて、道東の景色に似ていると感じた。

夏バテかな。お腹は空くのだけれど食べると気持ちが悪くなるというのを繰り返している。まとまったお休みがほしい。

7/26(金)

午後から本格的に不調を自覚しはじめる。船に乗ってないけど船酔い。飲酒してないけど二日酔い。酔っていた。会社の薬をもらって服用。
ふわふわした心地で、考えはまとまらないし、そこらじゅうのテキストエリアに分別なく書きなぐりたい感じ。あまり覚えていない。変なことを書いたりしたりしていたかもしれない。あぶない。今日が金曜日でよかった。
朝カラオケの約束をした。放課後すこし寄り道。
「進撃の巨人」OPは大人の事情でカラオケ歌詞が出ないことを確認。歌ってもらったのだけれど難易度が高そうでした。一緒にニャニャニャニャーで乗り切る。「君の知らない物語」を歌いたいねーとなり、歌うも「強がるわたしは臆病で〜」以降の音程が高くてニャニャニャニャーごまかす。楽しかった。Sex Machinguns「みかんのうた」をリクエスト。せーのっ! かわいい曲。

帰宅したらふらふらになってしまた。38°近い。熱があったのか。はー。

7/27(土)

寝ていた。背中が痛くなりソファでねころんでふらふらすると布団にもどる、の繰り返し。眠気と嘔吐感の一日だった。いま2:03をまわった。めがねがない。どこで脱いだか。
いくつも夢をみた気がするが覚えていない。静かで穏やかな場所が好きだ。もの静かなひとが笑うのはとてもいい。落ちつかない 騒がしい 一過性でそのときだけ みたいな場所やひとは好きじゃない。

7/28(日)

暑くて深夜に何度か目が覚めた。寝るのも楽じゃない季節ね。だいぶ復調。
クラブハリエのマンゴープリンはおいしい。TAWAWAのマンゴー杏仁がとてもおいしかった。どちらも期間限定なのでこの夏しっかりおさえておきたい。お腹は空かないけどおいしいもののことばかり考えている。〜♪

銀河ヒッチハイク・ガイド」「宇宙の果てのレストラン」を再読。

ここ2日間寝てばかりいたせいか ぼんやりしていると支離滅裂でおかしなことばかりが頭を過る。
いまこうしている間も宇宙は膨張し続けているんだろう。人は思うことのどれぐらいを人に伝えるんだろうか。言わない・言えないことの方が多そうだけど結局みんな忘れてしまうなぁせつないなとか。視覚的に見えてる見てるつもりでも脳がそう感知しているだけで、そんなものにずっと左右され続けているんだおもしろいなーとか。
あたまおかしい。なんの足しにもならない。明日だいじょうぶかしら いやだいじょうぶじゃない気がする。

7/29(月)

朝の通勤車内でムカムカが残っていた。
1週間連続して書いた。23日から「下書きを保存する」を繰り返して今日まできた。これを試してみた理由はいくつかある。
「クリックしろ!この暇人どもがッ!」保存時に月刊アクションの広告から3度に1度は声をかけられる。毎月25日発売だそうです。

書いてみると仕事以外でも思ったり感じたりしているものだな。そのことに安心した。あああんなことあったっけねーと後から思うんだろうか。書かなければそのうち流れて忘れてそのままになるのね。いいこともわるいことも。
さーっと気持ちが冷めていく感覚がある。なんなんだろうなぁ目に入れなければよかったなと思う。まあこういう日もある。

ギターの音色いいなぁ。一昨日からこの動画を繰り返し聴いていた。
http://www.youtube.com/watch?v=jQcUtoxIbQI

夏の夕空はきれいだ

http://instagram.com/p/b_ASNMv90Z/
晴れた日の夕空がほんとうにきれい。

十二国記「月の影 影の海」を再読。主人公 陽子にえらく感情移入してページを繰る手がとまらなかった。上の巻は読んでいてつらくなるけれど、陽子の苦悩がリアリティをもって刺さる。
感情や本心を人にうまく伝えたり露にすることができない。抵抗がある。ちゃんと伝えられるだけの表現力がない。そもそもそうしたくない。しなくていいと思っている。したいけどできない。今ではもうどれなのかわからなくなってしまった。
ある人の文章を読んで自分の欠点を思った。

丕緒の鳥」にほんのすこし登場する陽子と丕緒のやりとりは何度読んでもぐっとくる。苦悩や不安を抱えながらも、覚悟があり強く思慮深くあろうとする人はやさしい。もはや言葉じゃないのかも。かっこいい。

月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)


記憶の逍遥


なんだか脳内がうるさい時期?がある。近ごろそうです。
例えば今みたいに一人でいる時、突然なんの脈絡もなく本や映画の中で見聞きした台詞やフレーズがぽいと頭ん中に投げ込まれる。それはたいてい完全じゃなく、単語あるいはイメージや意訳や登場人物など断片的な情報で、正確な文章や作品名やどういう場面で誰が言ったかなどは後から記憶を辿ることになる。大昔に聴いたメロディとか歌詞とか。
歳かな。

「'ショーシャンクの空に' で set you free という熟語を含む台詞」
今日は帰宅途中これが不意に湧き出て止まらなくなった。必死に記憶の淵を巡るもだめでインターネットのお世話に。そうだ Redの台詞だ。好きな場面の言葉だった。ああスッキリした。

Fear can hold you prisoner. Hope can set you free.


今はNHKBSで5年程前に観た映画のタイトルを探索中です。薄暗い屋内の様子と田園風景が印象的だった。あれはイギリスかなぁ。スコットランドかなぁ。主役の陰鬱とした老婆、そして彼女と同居することになった女子学生が少しずつ打ち解けていく心温まる物語。派手さはないがじんわりといい作品だった。
老婆のことを語る 「彼女は気難しかったけど 心のドアはいつも開いていた」という一節。クリアに記憶しているこの台詞からなんとかタイトルを思い出したいんだけど、だけど! ...嗚呼。
なんだっけなあ。今は思い出せないだけで脳内のどこかに記録されていてほしい。そしてなにかのきっかけでポンと出てきてくれるとうれしい。

延々とごろごろしていた

ごろごろの合間に遅まきながら衣替え。
タンスの衣類を棚卸しして、この先着ないものを処分した。シャツは改めて総洗いして青空の下に干したら気分もすっかり洗われた。きれいに乾いた綿の白シャツが好きだ。

丈夫で手洗いできてなにより楽ちんな服はもう何年も着ている。同じようなものばかり。繰り返し洗ってくたびれたけどその感じが肌に馴染んでちょうどいい。一方 数年前に一目惚れして買った少し背伸びしたデザインものはどこかしっくりこず、数回着た後タンスの奥に沈んでしまった。もったいないが2着処分。

身近なものは楽ちんで奇を衒わず穏やかなのがいい。ああもうお年寄りみたい。すごく好きとか嫌いとかテンションあがるみたいな感覚は、元気なときはいいけれど、長く付き合うにはちょっと疲れてしまう。
とくに考えなくても穏やかに生活に馴染み 気持ちよく付き合えるというのが居心地よく過ごせる関係です。あらっ気づいたらすっかりお気に入りになっていた!というものがいちばん手放せないし無くなるとさびしい。