波照間島に出向いた記録 後編 ~ 島の時間

こちらは2015年10月に波照間島へ出向いた記録の後編です。長文です。

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151007波照間-Googleフォトアルバム
前編はこちら 波照間島に出向いた記録 前編 ~ 行くまで

10/7 大阪 > 石垣 > 波照間島

9:00 関西空港発の便で石垣島へ。
8:00に関西空港着を達成するために京都駅始発のバスに乗車を予定していましたが、寝坊によりはるかで空港着。飛行機は空いていて、搭乗して離陸までの時間は出発前に友人と話をしたことや二十歳の時に他界した友人のことを思い出していました。なぜだか泣き出したいようなそんな心境だったことを覚えています。
機長の挨拶(かっこいい)を聞いて離陸。新石垣空港着まで2時間あまり機上の人です。下の写真は新石垣空港着陸前にぐいーんと旋回して体が傾くポイント。日が差した海の色にいつも感動してしまう。

新石垣空港から石垣港離島ターミナルまでの移動はバスで45分程/520円の道のりです。空港観光はせず、すぐバスに乗り込んでウトウトしていました。そういえば朝からなにも食べていない、おなかすいた!14:00ごろ離島ターミナルに到着し、その足で近所のコンビニで唯一残っていた「ポーク玉子 油みそ」というネーミングの斬新なおにぎりを買って食べました。味は記憶から抹消済みです。

15:30の高速船で波照間島

快晴。
離島ターミナルで石垣-波照間間の往復チケットを購入し周辺を散歩しました。あらかじめ助言を受けたアネロンの酔い止め薬(Skyrimをやる時に何度か飲んだ)を飲んで船酔いに備えます。波照間島に行く方は、体質や体調に無理がなければ、おまじないを兼ねて酔い止め薬の服用をおすすめします。リーフ内は凪であっても、外海は荒波ということがよくあるそうです。
波照間島行きの高速船は他のどれよりも小さくて船が恐怖な自分は内心オロオロでした。乗船時間までゲート前で並んでいると、どこからですか?と話しかけてくれた方がいました。通信会社にお勤めで、仕事で波照間に行く、先日の台風でアンテナが折れちゃって修繕に、自分が担当になって10回は波照間に往復しているとのこと。やったね波照間強者だ!
今日は揺れますかねぇ?と聞くと、あー今日は大丈夫ですよ 船の後方に乗るといいよ、と教えてくれました。
定刻に港を出航。竹富、小浜が望める最初の15分ほど美しい静かな海で、外海に出ると船はぐんぐん速度をあげて何度か波にぶつかり揺れたことを記憶しています。次に気がつくと波照間港にいました。かんぜんに意識を失っていた。こんなことがあるのか。この日はベタ凪と呼ばれる凪いだ海だったそうです。この船できました。

港に着くと宿の方が迎えてくれました。波照間の宿は島の中心地に集中しており、多くの施設が無料送迎サービスを提供しています。2017年現在、波照間島の宿数は19件ヒットしました > 離島ドットコム。波照間での2泊はこちらの施設でお世話になりました。

  • 10/7 情報なし(一人部屋限定のゲストハウス)
    • 素泊まり、シャワー付き。廃業されたのか、どこにも情報がみあたりませんでした。残念。レンタサイクルがあり便利でした
  • 10/8 星空荘 、和室
    • 過ごし勝手がよいし清潔。一人でのんびり過ごしたい方におすすめです

宿で自転車を借りてニシ浜へ。夕食の時間まで夕景を見ました。

夜ごはん

海ぶとう。まるで宝石。

店主とアシスタントの2名で切り盛りされていて、とてもおいしい食事をいただけます。2晩ともここで。 > 味○(みまる)
採れたての海ぶどうが最高で追加注文してしまった。島らっきょうやゴーヤーチャンプルも大変美味でした。
島は街灯が驚くほど少なく、道をそれると3m先すら見えない真っ暗闇です。周辺地図と電話を携帯しましたが、1日目の夕食後は道に迷い宿に帰れなくなりました。酔っていません。何度かゲストハウスに電話をしましたが通じない。路地をいくつか曲がったその路地がもうわからない。ゲストハウスから味○の距離は徒歩で7~8分でした。
行ったり来たりしても誰も来ないし、どうしようもなくなって「21:00すぎに街灯の下で人が通るのを待ち、通りかかった人に声をかけて、自分の居場所を聞く」の実績を解除。
満天の星空を見ながら小一時間待ったころ、通りかかってくれた方に事情を話すと、方向が同じだからと宿まで連れて帰ってもらえました。人の優しさに救われている〜。2日目は星空荘で懐中電灯を貸し出してもらえて事なきを得ました。
この夜に見た波照間の星空はそれはもうすごかった。言葉で形容しがたい美しさでした。

10/8 波照間島 ニシ浜

しばらくまばたきするのを忘れる海です。

透明で日が差すといろんな色に変化する海を初めて見ました。人が少ないことにも驚きです。
早起きをして9:30にはニシ浜にいました。浅瀬で水着と浮き輪で戯れる観光客は一人もいません。みな黙々とシュノーケリングに興じたりダイビングの装いばかり。どこまでも静かな海で団体客を一組も見ませんでした。レンタルでシュノーケリングセットを借りて背がつかない深さまで行き(こわい)恐る恐る海中を覗き見しました。こんなに透明なのか!知らない新しい世界を見ました。不思議な玉虫色の熱帯魚を見ました。透明度が高いせいで深さを感じない恐怖がありました。海流に流される感じもわかりました。海がこわいのでしょっちゅう浜を気にしながら、2時間ほどふわふわと海中にいました。休憩はみんぴかで。
みんぴか
午後は浜を延々と散歩してヤシガニやヤドカリを眺めていました。飽きない。夕方になると波が高くなりさらに人が減ります。あーなんか心地よいのと寂しいのが半々だ。日が暮れていくのを眺めながら、この景色を一人で見るのはもったいないと思いました。余裕がなかったり心細かったり前の晩は道に迷ってどうしようかと思ったけれど遠くまで来てよかった、この時に心からそう思いました。ここで残したメモだと思われます。

この晩は星空荘泊。味○(みまる)で夜ご飯をいただいている最中、店主さんから、明日は天候が荒れそうだから早めに帰った方がいいよ船が出ないかもしれないから、と助言がありました。昼間はあんなに綺麗な海だったのに!?
宿に帰ってオーナーさんにそう伝えると、同じように朝の便で帰ることをおすすめされました。島の方はみな天気に詳しいです。確実に石垣まで戻りたいため、翌朝7:00に港で配布される乗船整理券を取りに行くことにしました。この夜、星は見られませんでした。

10/9 波照間 > 石垣

6:00に起床。
起きると風が強く重い雲が垂れ込めて心配な天候。整理券を無事入手し、12:00 波照間港発の高速船で石垣に戻ることにしました。チケット窓口の方が「今日の船は揺れそう。午後の便は欠航するかもしれない」と話していました。こわい。
宿に戻り朝食を済ませてお礼を伝え星空荘をチェックアウトしました。近所を少し散歩しながら自分が住む環境と時間の流れの違いを感じていました。島には高校がないので、中学校を卒業するとみんな島外に出るそうです。商店のおばあちゃんがそう言っていました。
11:00すぎに港へ。酔い止めの薬を飲みました。ポツポツと雨が落ち出してだいぶ風が強い。船出る?こわい。
12:00に出航です。沖に出て10分もしないうちに縦揺れか横揺れかわからないレベルで揺れがスタートしました。船員さんから荷物は席下に入れるように、シートベルト着用と持ち手を握るように指示がありました。こわい。
「激しいジェットコースターに乗っていると思えばいい」上司から聞いたそのままを、このあと1時間以上連続して体験することになります。外は横殴りの雨。3~4mのうねりを伴う波で、時折三角波が立ち(波同士がぶつかり合って5~7mの波が立つ。船がその波にはまってぐらんぐらんになる)航海中に何度か船が止まりました。生きた心地がしませんでしたが、目を閉じ感情を無にして時間が過ぎるのを待ちました。船酔いされた方はつらかったろうと思います。船はめちゃくちゃこわいけど、自分はけろっとしていたので意外と船酔いに強いようです。予定より20分ほど遅れて石垣着港。乗客から安堵の声と拍手が起こりました。
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うねりを伴う3-4mの波高 けっこう揺れて緊張感がありましたこわかった〜
翌日は12:00過ぎの便で石垣から関西空港へ戻ります。石垣空港近くのゲストハウスに1泊しました。

10/10 石垣 > 大阪

日常に戻る日。
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淡々とスケジュールに沿って自分の体を動かしていきます。京都の天気や気温を調べながら空港に向かいました。石垣より京都の方が気温が高いのねと思ったことを覚えています。
ANA便で関西空港へ戻り、はるかに乗車し京都までの車中はこの先の予定や自分について考えていました。行きの飛行機ではシクシクしていたのに。

むすび


3泊4日の波照間行きは実りがありました。遠くて知らない場所に行き一人になったことで、当たり前だけど自分は一人じゃないのだなあと感じることができました。海しかない場所で、予想以上にいろいろな収穫を得ることができました。なんかうまく説明できない。むずかしい。「なんのために生きるか」と考えていた自分はそこになく、見渡せばこんなに綺麗な景色があって、いろんな時間の流れがあって、そこに様々な生き方があるのだなーと腑落ちしている自分がいました。そう思えたのは、自分で決めて行動をして波照間まで来たからかもしれません。
自分がどう感じるかだって自分が決めればいい。時に感情のコントロールが難しくても、それでも自分の未来は自分の意思で決められる余地があるのだと思うと清々しい気持ちになります。形として持ち帰れたものは一つもありません。大事なことは目に見えない、とサン=テグジュペリが書いているとおり。

ここに書ききれなかったヘンテコ体験を思い出して一人笑いながらこのエントリを書いています。
たまに自分の記録は残しておくといいですね。未来の自分が振り返る時のために。