四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

村上春樹の初期短編をまとめた「象の消滅」を読みました。
表題はその中に収められている作品タイトルで、ほんの6ページの小さく静謐な物語です。主人公である僕が、ただ毎朝すれ違うだけで声すらかけられない『自分にとって100パーセントの女の子』に話しかけようと試みるお話です。
一度目は昨夜寝る直前に、次は今日Elephant Factory Coffeeで、二度頁を繰りました。なんとも表現しがたい余韻が今も残っています。ポイントはみっつ。

  • (おそらく話したこともない)すれ違うだけの女の子が自分にとって100パーセントだと感じた理由は、その人が綺麗だとかかわいいとかやさしいとかそんなものじゃなくて、言葉で説明できないようなものだったのだろうなぁ
  • なのに、信じることをやめて、考え、試してしまったことが誤謬だったのだなぁ
  • おとなになるというのはこういうことなのだなぁ

はー……ネタバレしたい。ぐぐぐ。

主人公の男性がちょっと気障で思慮深く懐古趣味でリアルか妄想かどっちに生きてんのかよくわかんないあたり、典型的村上作品と言えましょう。そうわかっていても主人公の僕にどっぷり感情移入してなかなか現実に戻れないわたしもタチが悪い。もっと客観的にさらりと読書を楽しむ術を覚えたいです。

話が逸れました。
「ファンタジーを含む美しいフィクション」とも「若さ?怖れ?が招いた悲しく滑稽なお話」とも取れるこの不思議なストーリーは、以下で閉じられます。

…
しかし彼らの記憶の光は余りにも弱く、彼らのことばはもう十四年前ほど澄んではいない。二人はそのままことばもなくすれ違い、
そのまま人混みの中へ消えてしまう。永遠に。
悲しい話だと思いませんか。
  *
そうなんだ、僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきだったのだ。

これが僕が『100パーセントの女の子』に語ろうとした「お話」です。現実にあった回顧録なのか僕の勝手な妄想なのかはわかりません。
いずれにしても、結局主人公はなにも彼女に伝えることができなかった。これだけが現実です。

十四年前の約束は彼らの記憶に刻まれていないけれど、きっと二人はちゃんと出会っていたんだろうと思います。
人生に一度だけあった日常を切り取った美しく悲しい物語でした。

まぁでもあれだ。
信じることをやめて試してしまう。人間関係においてこれは取り返しのつかない誤謬だと思う次第です。